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[No.1654]

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「表紙」2017年01月05日[No.1654]号

父娘日和

父娘日和 39


国指定重要無形文化財「組踊音楽歌三線」保持者 西江 喜春さん
西江 理美子さん

次代に伝える沖縄の宝

 300年の歴史を誇る沖縄の伝統芸能「組踊」。「組踊は聴くもの」といわれるほど、地謡は重視されている。2011年、組踊音楽歌三線の「人間国宝」に認定された西江喜春さん(76)は高音の澄んだ美声で観客を魅了する。23歳で本格的に歌三線を始めた時から、稽古に精進し続けてきた。現在は演奏活動のほか、後進の育成にも尽力する。「父の声は一番」という娘の理美子さん(45)は、中学から太鼓を習い始めた。仕事の傍ら、稽古を続け、父と舞台で共演するなど、太鼓奏者として活躍。沖縄の誇る伝統文化の普及に努める父を近くで見続け支える。



古典音楽の魅力普及へ

 熟練の三線に透き通る高音の美声を響かせる歌三線奏者の西江喜春さん。三線との出合いは、生まれ故郷、伊平屋村の旧暦8月15日の豊年祭。子どものころ、青年たちが披露する組踊や芝居などの歌三線に魅了された。「三線弾きは宴席で上座に座り、ごちそうが振る舞われていたのも憧れた理由」と笑う。

 だが当時は、三線はご法度だった。「仕事をしない遊び人が弾くものという印象が強く、母が嫌がった」と振り返る。

 名護高校卒業後は通信技術を学ぶため東京の中野無線学校に進学。三線を弾くことはなかったが、同郷の友人の三線演奏に合わせて歌うなど、故郷の音楽に親しむにつれ、三線への思いが強くなる。

 帰沖して琉球電電公社(後のNTT)に入社すると、職場の先輩の紹介で安冨祖流の故・宮里春行氏と出会い、師事。23歳で本格的に三線を始め、仕事の傍ら芸の研さんを積んだ。

 今では高音の美声で知られる喜春さんだが、当初は高音が出ず、発声法を会得するまで苦労の連続だった。「高い声が本格的に出るようになったのは60歳を過ぎてから。やっと難易度の高い『東江節(アーキー)』を歌いきれるようになった」という。

 1996年、55歳でNTTを退職すると、沖縄県立芸術大学の教授に就任。後進育成や演奏活動に専念し始めた。

責任の重さ受け止め

 長年の活動や高度な技芸、後継者育成が評価され2011年には国指定重要無形文化財「組踊音楽歌三線」保持者(人間国宝)に認定され、喜春さんの名前が県内を駆け巡った。最初に文化庁から人間国宝認定を打診する電話がきた際には、「一晩考えさせてください」と一度は返事を保留した。「人間国宝の先輩方の苦労を見ているから、僕ができるような仕事ではないと思った」と話す。重い責任を引き受けることを承諾したのは翌日のことだ。

 「一番責任を果たさないといけないのは後継者の育成」だという喜春さん。現在、自身の研究所のほか、国立劇場おきなわ組踊研修生の育成、通信教育での指導など、後進の指導にあたる。

 娘の理美子さんは中学のときに太鼓を習い始めた。「父に何かやっておきなさい」と言われ、小学生までは琉舞を習っていたが、中学に入り太鼓に転向。社会人になった後も、仕事の傍ら太鼓の稽古を続け、師範の資格も取得した。父の舞台で共演したり、首里城祭の「冊封儀式」では毎年出演したりするなど太鼓奏者として活躍している。

 娘について「まだまだ趣味の域だが、継続することが大切。やったからには続けていかないと意味がない」という喜春さん。長年の研さんの末、技を確立した父親ならではの言葉を投げかけ、これからの成長に期待を寄せる。

父の声が一番

 「父の歌はすごいなと正直に思う。いろいろな方と共演してきたけど、父が一番。にごりのない高音の声は『飴色の声』と表現されるが、その通りだと感じる」と喜春さんへの敬意をにじませた。

 そんな理美子さんの願いは父の独演会だ。今まで2回独演会を経験している喜春さんは、1人で27曲を歌い上げたことも。「最近は後継者育成で指導側にまわることが多いが、父の歌を聴きたい人は多いと思う。ぜひやってほしい。その時は、太鼓での共演や車の運転係でも何でもサポートしたい」とほほ笑む。

 沖縄の古典音楽を未来へつなぐためには「見る人を育てることも大事」という喜春さん。「沖縄は『ゆいまーる』の精神で知り合いが出演するから見に行こうという人は多いが、芸術として鑑賞するというにはまだ認識度が低い。これから魅力を発信していかないと」と課題も力説する。

 歴史の波を乗り越え、生き残ってきた沖縄の古典音楽。伝統が未来へ引き継がれていくことを願う。

(坂本永通子)



プロフィール

にしえ・きしゅん
 1940年伊平屋村生まれ。1963年安冨祖流の故・宮里春行氏に師事。国指定重要無形文化財「組踊」保持者。県指定無形文化財「沖縄伝統音楽安冨祖流」保持者。県指定無形文化財「沖縄伝統舞踊」保持者。2011年国指定重要無形文化財「組踊音楽歌三線」保持者=人間国宝=に認定。琉球古典音楽安冨祖流絃聲会相談役。元沖縄県立芸術大学教授。1男1女の父。現在、組踊五番(「二童敵討」「執心鐘入」「銘苅子」「女物狂」「孝行の巻」)や「手水の縁」の唱え(せりふ)や歌を収録した7枚組みのCD作品を制作中。

にしえ・りみこ
 1971年那覇市生まれ。琉舞を経験後、14歳ごろから太鼓を始める。豊見城高校卒業。琉球大学教育学部の情報教育コース卒業。派遣勤務などを経て、2006年にオリックスビジネスセンター沖縄に入社。父の舞台で太鼓演奏をするなど活動。太鼓の師範免許を取得。

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西江 喜春さん 西江 理美子さん
西江喜春さん(左)の歌三線に合わせて太鼓をたたく娘の理美子さん=那覇市仲井真の琉球古典音楽安冨祖流絃聲会西江喜春研究所
写真・喜瀨守昭(サザンウェイブ)
西江 喜春さん 西江 理美子さん
公園でバーベキューをしたときの写真。お面を頭にかぶった喜春さん(左)と理美子さん(右)
西江 喜春さん 西江 理美子さん
「那覇市制施行91周年記念式典」で共演した喜春さん(右)と理美子さん。2012年
西江 喜春さん 西江 理美子さん
理美子さん(左)が首里城祭の「冊封儀式」に出演後、記念撮影
西江 喜春さん 西江 理美子さん
「西江喜春氏『人間国宝』認定祝賀会」で。(左から)喜春さん、長男の克将さん、妻の輝子さん、理美子さん。2011年
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