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[No.1623]

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「表紙」2016年06月02日[No.1623]号

父娘日和

父娘日和 9



古我知焼窯 窯元 仲宗根 隆明さん
仲宗根 志野さん

2人の個性が融け合う器

 名護市古我知に古くから窯が開かれながらも、1800年代初期を最後に伝統が途絶えてしまった焼物、古我知焼。素材となる土と、それを焼き上げる炎の力をぎゅっと閉じ込めたような力強く重厚な作風が魅力だ。その伝統を、独力で現代によみがえらせたのが、仲宗根隆明さん(69)。娘の仲宗根志野さん(34)も、父に弟子入りして陶工の道を歩んでいる。「伝統の精神を受け継ぎながら、現在の生活で生かせる焼物を作りたい。そのためには、娘の若い感覚が必要」と話す隆明さん。父娘は日々、同じ工房にこもり、共同で焼物の制作に取り組んでいる。



生活に密着した焼物を

 仲宗根さん父娘の焼物には、独特の魅力がある。土からひねり出したような力強い造形に、洗練された繊細な色彩や模様。素朴とモダン、相反する要素が融け合い、絶妙なハーモニーが生み出されている。

 作業は分業で行い、主に父がろくろを回し娘が絵付けを担当する。父娘の焼物には、重厚な作風が持ち味の父・隆明さんと現代的な感覚をそなえた娘・志野さんの個性が共に現れているのだ。

 「昔は焼物といえば男性の趣味で、渋いものが好まれた。今は時代が変わり、お客さんのほとんどが女性。好みもかわいいものが中心になっている」と隆明さん。「だからこそ、娘の若い感覚が必要。昔の方法そのままずっとやっていたら、お客さんが離れていったと思う」

幻の窯を復興

 屋我地島に生まれ、陶芸とは縁のない家で育ったという隆明さん。琉球大学の美術工芸科に進学して彫刻をかじり、将来は教員になろうと思っていたが、「自営業で物を作って生きていきたい」という思いを抑えきれず、卒業間際の1970年、24歳で陶芸家を志した。

 当初、陶芸の経験はほどんどなく、ろくろも回せない状態だったが、3年のうちに那覇市近郊のあちこちの工房を巡り、修行を重ねた。「最低限の技術を身につけて、あとは作りながら勉強していけば何とかなるんじゃないかという発想だった」と振り返る。

 従来沖縄では、焼物の産地といえば壺屋という状況が続いていたが、ちょうど隆明さんの修行時代に合わせ陶芸ブームが到来。壺屋以外にも、読谷など各地に窯ができはじめ、古い焼物を見直そうという気運も生まれた。

 名護市でも、1800年代初期を最後に伝統が途絶え、「幻の窯」ともいわれた古我知焼窯を復活させたいという動きが起こった。そこで白羽の矢が立ったのが隆明さんだった。以前から交流のあった当時の市文化財保存調査委員長・上地憲さんが古我知焼を復興させてみないかと持ちかけた。

 「やりがいのある仕事だと思って、2つ返事でやらせてくださいと答えました」。隆明さんは、1973年10月にかつての窯跡近くに窯を作って、古我知焼の復興に着手し、74年3月に初窯を出した。

 復興を始めて数年は、博物館や収集家を訪ね歩いて昔の遺品を収集。白土を用い、布やワラで器を拭き取るように釉薬を塗る古我知焼の忠実なスタイルの再現に努めた。

 だがそのうちに、「当時のままの写しを作っても、現在の生活にはそぐわない。古我知焼の精神を受け継ぎながら、今の生活で使える器を作りたい」との思いが生まれ、以後、昔のものだけにこだわらず、今の人に喜ばれる焼物を意識して作るようになったという。



娘のセンスが刺激に

 現代に合う焼物を作る上で、隆明さんの助けになっているのが娘の志野さんの存在だ。

 志野さんは、大学卒業を機に、父に弟子入り。才能があるかどうか悩み、陶芸家になることを決めかねていたこともあったが、「悩んでいるよりやってみたほうがいい」との思いから、反対する父を説得して修行を始めた。

 工房では、日々、父娘と母の弘子さん(68)の3人が顔を突きあわせて焼物作りに取り組む。「父はとても厳しい人。私は父のように手際もよくないし、ダメ出しはしょっちょうです」と志野さんは苦笑いする。

 その一方、色彩や模様に対するモダンなセンスを持ち、料理が好きで器とのコーディネートを考えたり、インターネットで情報を発信したりすることができる志野さんは、「今の情報を吸収するのは苦手」という隆明さんにとって、大きな刺激となっている。

 父と娘は、今日も、共に焼物を作り続けている。

(日平勝也)



プロフィール

なかそね・たかあき
 1946年旧屋我地村(現名護市)生まれ。琉球大学美術工芸科で彫刻に興味を持ち、卒業間際に陶芸家になることを決意する。3年間、首里、与那原など那覇市近郊の工房を巡り技術を習得。その後、名護市の助成を受け、1800年代初期を最後に伝統が途絶えていた古我知焼の復興に着手。1973年10月にかつての古我知焼の窯跡近くに自身の窯を設ける。「古我知焼の精神を受け継ぎながら、今の生活で使える器を作りたい」との思いから、伝統の再現のみにとらわれない焼物の制作を妻と娘の1家3人で続けている。

なかそね・しの
 1982年名護市生まれ。沖縄大学卒業後、父の隆明さんに弟子入り。持ち前のモダンな感覚を生かして主に絵付けを担当している。

古我知焼窯
名護市我部祖河916
☎0980(52)0727
営業時間=8時半ごろ〜17時半ごろ
休日=不定休
フェイスブック: https://www.facebook.com/kogachiyaki/



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仲宗根 隆明さん 仲宗根 志野さん
仲宗根隆明さんが主宰する古我知焼の工房に併設する展示室にて、作品を手にする隆明さんと娘の志野さん=名護市我部祖河  
写真・村山望
仲宗根 隆明さん 仲宗根 志野さん
古我知焼の復興に取り組み始めて数年、1976年ごろの隆明さん
仲宗根 隆明さん 仲宗根 志野さん
志野さんが高校3年生のころ、親類の結婚式にて。妹の伊都さん(左)、母の弘子さんと共に
仲宗根 隆明さん 仲宗根 志野さん
仲宗根さん父娘が生み出す焼物は、力強い造形に加え、繊細な色彩や模様が魅力
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