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[No.1616]

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「表紙」2016年04月14日[No.1616]号

父娘日和

父娘日和 2



有限会社ジグゼコミュニケーションズ
代表取締役 我那覇 洋二さん
営業企画 我那覇 祥子さん

作り手の思いは一つ

 シーサーや首里城、沖縄の希少生物などをモチーフにしたペーパークラフト、エイサーのしかけ絵本…。沖縄の伝統文化をテーマにペーパークラフトや絵本を手掛ける広告代理店「有限会社ジグゼコミュニケーションズ」。1997年、我那覇洋二さん(60)が県内の広告代理店から独立して立ち上げた同社は、県内で初めて紙工作の商品化に乗り出した。手頃な価格、コンパクトな土産品として県内外から注目を集めている。4年前から洋二さんの事業を支える娘の祥子さん(31)は、紅型の祝儀袋という新たな商品を生み出し、県内での販路拡大も目指す。



沖縄の伝統文化 紙で表現絆

 我那覇洋二さんが20年前に設立した「ジグゼコミュニケーションズ」は、広告代理店ながら、ペーパークラフトやしかけ絵本などの出版事業などのプロジェクトも展開する。

 洋二さんがペーパークラフトの商品開発を始めたのは、2000年。きっかけは首里城が世界遺産に登録されたことだった。帰宅後、息子と紙工作で恐竜を作っていたという洋二さん。代理店業務でもチラシやパンフレット、新聞広告など紙媒体に携わっていたことから、紙で新しい土産品を作れないかと考えていたタイミングと重なった。観光客向けに首里城正殿や守礼門のペーパークラフトを開発。土産品店に商品が並んだ。しかし、「最初は鳴かず飛ばず」。土産品店の実情や消費者のニーズを知らず、目立つようにと箱型に作ったかさばるパッケージが問題だった。

 顧客の目線で考え直し、商品改善を図ると反響が出始めた。2008年には内閣府の地域資源活用プログラムに認定され、支援を受けて本格的にペーパークラフト事業に取り組んだ。小さいサイズでかわいらしい「ミニシーサーの仲間たち」のシリーズを出すと、期待に反して商品は大ヒット。手頃な価格設定、ユニークさ、コンパクトさが消費者のニーズにフィットした結果だった。



娘が加わり新たな展開も

 書店員や図書館司書の仕事をしていた祥子さんが父の元で働き始めたのは2012年春。ペーパークラフトの技術を生かし、絵本などの出版を始めたことから、出版業界を知る娘に父が声を掛けた。小さいころ、父が買ってくれた歴史の本がきっかけで、歴史や書籍に魅せられた祥子さん。好きな本を出版する側の世界に飛び込んだ。

 祥子さんが加わり、事業に新しい息吹が吹き込まれた。「沖縄の方にも商品を知ってほしい」と語る祥子さん。ペーパークラフトを観光客だけではなく、県内の人にもアピールするため、土産品店以外にも書店や小売店に働きかけるなど、新たな販路を見出そうと尽力している。クラフトを使った体験講座や学校の自由研究・工作への提案など、さまざまな企画も生み出した。

 昨年、初めて祥子さんが一から手掛けた祝儀袋、「沖縄紅型祝儀袋シリーズ結房(ゆいふさ)」が世に出た。紅型の模様や、琉球王朝時代に親が嫁ぐ娘の幸せを願い贈ったという扇やチョウ、魚など7つの飾りを施した房指輪(ふさゆびわ)をモチーフにしたデザインは、「贈る側の気持ちを紙一枚で表現している」と洋二さんも評価する。 県内のスーパーやコンビニ、文具店などでの取り扱いが決まるなど、幸先良いスタートを切った。

父が重ねた努力のおかげ

 父と娘が同じ会社に勤めることに「親子で働くのは難しい」と口をそろえる2人。「とりとめのないけんかばっかり」と笑う。それでも心の中ではお互いが信頼感と敬意でつながっている。

 祥子さんは「『ジグゼ』という土台があったからここまでこられた」と話す。「会う人にクラフトの『ジグゼ』ですよねと言われる。それは父が20年間積み重ねてきてくれたから。すごく尊敬します」と祥子さんが言うと、「初めて聞きました」と洋二さんはその横で笑顔を見せた。

 「この仕事はスタッフ同士や営業先との距離も近く、売るつらさや喜びもすべてが直球」だという祥子さん。物を作ること、売ることの喜怒哀楽を感じることができ、感謝の気持ちが大きくなっている。

 父が広告関連からつなげた紙という商材には「できることが無限にあると思う。今後も紙にこだわり続けていきたい」と意欲的だ。

 「ひとりでできることは限られている。支えてくれる人たちがいなければ成り立たない」と周りへの感謝をにじませる洋二さん。「作り手の自己満足ではなく、作ってよかった、買ってよかったと思われるような、世の中の役に立つ商品を作り続けたい」と抱負を語った。

 紙で表現するユニークな沖縄らしさ。どんな商品が今後生み出されるのか、楽しみだ。

(坂本永通子)



プロフィール

がなは・ようじ
 1955年那覇市三原生まれ。1979年駒沢大学卒業後、大手クレジット会社に勤務。1984年県内大手広告代理店に勤務。取締役、関連会社取締役を経て、1997年ジグゼコミュニケーションズ設立。2000年県内初の紙で作る土産を開発、ペーパークラフト事業に着手。県最優秀優良県産品など、受賞歴多数。しかけ絵本なども開発・販売するなど県内外に沖縄の地域資源を発信している

がなは・しょうこ
 1984年那覇市生まれ。2007年別府大学文学部史学科卒業。書店員、学芸員補助、小学校・大学図書館司書を経て、2012年にジグゼコミュニケーションズに入社。営業企画として勤務。那覇市沖映通り「えきまえ一箱古本市」の事務局員としても活動中

有限会社ジグゼコミュニケーションズ
☎098-884-4651
http://www.gxe-c.com/

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我那覇 洋二さん我那覇 祥子さん
しかけ絵本「エイサーだいこでちむどんどん」(文・松田幸子、絵・うえずめぐみ)と紅型と琉球王朝時代の房指輪(ふさゆびわ)のデザインが施された「沖縄紅型祝儀袋シリーズ結房(ゆいふさ)」をそれぞれ手に持つ我那覇洋二さん(右)と祥子さん=那覇市真嘉比の「ジグゼコミュニケーションズ」
写真・村山望
我那覇 洋二さん我那覇 祥子さん
洋二さんとボートに乗る1歳の祥子さん
我那覇 洋二さん我那覇 祥子さん
別府大学の卒業式で記念撮影をする祥子さんと洋二さん。2007年
我那覇 洋二さん我那覇 祥子さん
親戚の結婚式に出席した我那覇さん一家。(左から)祥子さん、母の良江さん、洋二さん、弟の啓(さとし)さん。2008年
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