沖縄の日刊新聞「琉球新報」の副読紙「週刊レキオ」沖縄のローカル情報満載。



[No.1626]

  • (火)

<< 前の記事  次の記事 >>

「表紙」2016年06月23日[No.1626]号

父娘日和

父娘日和 12



音楽家 海勢頭(うみせど) 豊さん
バイオリニスト 海勢頭 愛さん

月桃のような清らな心で

 「月桃の花が咲くころに悲惨な戦争があった事実を、子どもたちに伝えたい」と曲作りを手がけた海勢頭豊さん(73)が、「月桃」を発表したのは1982年。沖縄県民の心に響くこの歌は時が過ぎても歌い継がれ、映画「GAMA-月桃の花」の主題歌として、また全国放送のニュース番組のエンディング曲として流れ、より多くの人に知られるようになった。「喜屋武岬に寄せくる波はいつの時代も変わらないが、人の心は弱く変わるもの」という思いを4番の歌詞に込めた意味や、平和への願いを、活動を支える娘の愛さん(40)と共に語ってもらった。



子どもに沖縄戦伝える歌

 「6月23日待たず 月桃の花散りました」。…沖縄戦の悲しい記憶を月桃の白い花で表現し、優しいメロディーに包んだ「月桃」は、聞けば聞くほど心に染み入る曲。

 「子どもたちに沖縄戦を理解してもらうにはどうしたらいいか、清らな心で強く生きてほしいと伝えるにはどうしたらいいか、と考えながら作りました」。豊さんは、糸満を訪ねた時石垣に生えていた月桃を見てテーマにしようと決めた、と話す。その場ですぐ歌詞とメロディーが浮かび、書き留めたという。復帰10年目の慰霊の日報道番組の主題歌作りを頼まれていた時だったそうだ。

 「戦争で散っても再び芽を出し、花を咲かせる月桃の生命力に感動しました。実は物悲しい歌詞と曲を期待していた人には、がっかりされましたよ。でも絶対に子どもたちが歌ってくれる曲になるから、と訴えました」とほほ笑む豊さん。

 思い描いた通りに学校で歌われ、「校歌は覚えないのに、『月桃』の歌詞は全部暗記する生徒が多い」という笑い話が、教師から届けられたそうだ。また歌を知って喜屋武岬や摩文仁の丘を訪ねると、涙ぐむ子どもたちがいることも耳にしたという。映画やテレビの影響も加わり、「月桃」は、沖縄発の平和祈念歌として全国に広がることになった。

次元を超える楽曲

 才能を継ぎバイオリニストとして活躍する娘の愛さんは、音楽を通して豊さんの偉大さを感じるという。

 褒めすぎかもしれないと前置きし、「県外で音楽を学び、風土と結びついていることの重要性を知りました。沖縄では父のような存在は大切だろう、と思っています」と愛さん。 豊さんに同行し演奏場所に行くと最後にリクエストされるのは「月桃」と「喜瀬武原」だと話す。「おめでたいパーティーでも、悲しい葬儀でもアンコールはこの2曲。クラシックでは明るい曲かそうではないか場によって分かれますが、父の音楽はその次元を超えているんでしょうね」と、不思議な気持ちになるそうだ。

 愛さんから見た豊さんは穏やかで、怒った姿は想像できないという。

 「断れない性格で、頼まれると引き受ける。忙しいスケジュールをこなしています」と愛さん。お蔵入りになりかけた映画「GAMA㆐月桃の花」の製作を豊さんが引き受けたこと、コンサート準備で楽器や機材を何度も会場に運びつらかったこと、楽譜のミスが発覚し家族全員が徹夜で修正をしたことなどエピソードを次々に明かしてくれた。

 音楽家でありながら映画も手がけ、ジュゴン保護の活動にも熱心な父・豊さん。それを全面的にバックアップする母親を中心に、家族は仲良しだという。「進路を押し付けられたことはなく、自由に育ててくれました。コンサート会場の受け付けなどを、子どもの頃から手伝っていますが、親の仕事に関われるのは一般家庭では難しいことですよね」と愛さん。話題も人脈も豊富な豊さんとの親子の時間を楽しく過ごしている様子の愛さんは、演奏家として娘として、豊さんを支える頼もしい存在だ。

平和の花を咲かせたい

 講演会や寺社主催コンサートなど、平和をテーマにした日本各地の催事に招かれる機会が多いという豊さん。

 「ウチナーンチュの精神文化の原点は、清らな心を持つことだと思っています。私の考える
„清ら“は、数学的にはゼロで無になる状態。無の心で生きていけたら、月桃のように美しい花を咲かせることができると信じています」

 豊さんによって34年前に誕生し、「命を尊び平和の花を咲かせる時代を迎えましょう」というメッセージが込められた名曲「月桃」は、いつの時代のウチナーンチュにも愛され続けるに違いない。

(饒波貴子)



プロフィール

うみせど ゆたか
 1943年生まれ、現うるま市平安座島出身。琉球大学にて生物学を学ぶが、独学でギター演奏や曲作りを習得し大学内にギターアンサンブルを創立。シンガーソングライターとして沖縄の心を歌い、作曲家として映画音楽・オペラ・バレエの楽曲制作も手がける。またジュゴン保護キャンペーンセンターの代表として、IUCN(国際自然保護連合)の世界大会に出席するなどの活動も続けている。代表曲は「月桃」「喜瀬武原」「さとうきびの花」他

うみせど あい
 1976年生まれ、西原町出身。4歳からバイオリンを学び、相愛大学音楽部卒業後帰沖。県内でのオーケストラ公演やソロリサイタル、室内楽コンサート、海勢頭豊平和コンサートに出演。沖縄県立芸術大学非常勤講師、ダイトウ音楽院講師、ウエル・カルチャースクール講師も務めている



このエントリーをはてなブックマークに追加



海勢頭豊さん 海勢頭愛さん
沖縄戦最後の激戦地、喜屋武岬を訪ねた海勢頭豊さんと娘の愛さん。豊さん作詞・作曲による「月桃」は、戦後70年を過ぎても悲しみを歌い継いでいる=糸満市字喜屋武 
写真・喜瀬守昭(サザンウェイブ)
海勢頭豊さん 海勢頭愛さん
海勢頭豊さんの最新CDは、やんばるの美しい自然をテーマに「辺野古旅情」「椎の川」「ジュゴンの歌」を収録
海勢頭豊さん 海勢頭愛さん
父娘初共演。家族パーティーで5歳の愛さんが舞台に(1981年)
海勢頭豊さん 海勢頭愛さん
お正月記念の家族集合写真/右が愛さん(1986年)
海勢頭豊さん 海勢頭愛さん
石垣市民会館コンサートの演奏シーン(2009年)
>> [No.1626]号インデックスページへ戻る

↑このページの先頭へ戻る

<< 前の記事  次の記事 >>