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[No.1577]

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「表紙」2015年07月09日[No.1577]号

母娘燦燦

母娘燦燦 — おやこ さんさん — 15

りゅう菜(な)
照屋 シゲ子さん 外間 ひろみさん 外間 紀子さん

母の手料理 もてなしの原点に

 大型のショッピングセンターを控えた住宅街にある小さな家庭料理店。いつものように開店を待つ客の姿がある。6年前、外間紀子さん(50)は自宅の建て替えを機に、念願の店を構えた。父が趣味で作った島野菜が食べきれないほどあって、もてなしの料理に生かしたい思いもあった。料理好きは、昔ながらの料理を食べさせてくれた母の照屋シゲ子さん(81)譲り。母がアタイグヮーで作った島野菜で、紀子さんと姉の外間ひろみさん(55)は料理を創作する。接客は紀子さんの二男嫁・池原鮎美さん(25)の役割。姑も認める看板娘だ。3世代それぞれの持ち味でもてなしを彩る。



3世代の持ち味と創作料理

 ツルムラサキ、ウンチェー(空芯菜)、ウンナンヒャクヤク(雲南百薬)、ニンブトゥカー(スベリヒユ)。昔懐かしい島野菜が白あえやごまだれの滋味に変わる。メーン料理とともに彩りのよい小鉢の数品を膳に載せた紀子さんの料理に、懐かしさを覚えたり、新鮮に受けとめたり、客は思いをめぐらす楽しみもあるようだ。

 紀子さんが戦前からある島野菜の食し方を極めたのは、母のシゲ子さんの影響が大きいという。「首里の実家で小さいころから姉と同様に、母と台所に立ち、アタイグヮーで採った野菜を母のやり方で食べたものです。ニラを刻むことなく丸ごと揚げる首里独特のてんぷらも知った」と、シゲ子さんが伝えた昔ながらの料理法が紀子さんの膳を飾る。料理が好きになったのも自然なこと。社会人となって、料亭に長く勤め、厨房(ちゅうぼう)や仲居に携わるなか、自分流に食材をおいしく仕上げたいという思いが募った。



父が育てた野菜を食材に

 6年前、紀子さんは念願だった県産野菜を食材にした家庭料理の店を持った。「実家の父が定年退職後に趣味で無農薬野菜の栽培を始めたら、家族で食べても余る量を見て、もてなし料理に生かそう」と、身近に食材の調達先があったことと、自宅の建て替えのチャンスが重なり、姉のひろみさんに声を掛けて意思を固めたという。9坪ほどの構えで18席を用意し、内装も自らやってのけた。

 ところが、開店に向けて準備するさなか、思わぬ事態に遭う。野菜を作ってくれていた父が他界したのだ。「それでも父が後押しをしてくれていると思い、四十九日の法要を終えて開店しました。父が遺した野菜もオープン時の膳に載せました」

 現在、父の畑を継いだシゲ子さんがニラ、ニガナ、ハンダマ、イーチョーバー(ういきょう)を栽培している。

 開店にこぎつけたものの、半年ほどは親戚が足を運んでくれるぐらいの客入り。「お客さんがいないので、母が試食をしてくれて。一人でも来てくれたらいいかなと、のんびり構えていました。野菜を見ては創作意欲がわいて、自分流に料理できることがうれしかった」

 やがて料理の評判が口コミで知れ渡ることとなり、1年を待たずにお昼時は席がほぼ埋まるようになった。

母の年齢を目標に

 店は、3世代のスタッフそれぞれ持ち味で切り盛りする。80代のシゲ子さんを筆頭に、50代の紀子さん姉妹、そして紀子さんの二男嫁である20代の池原鮎美さんがいて、デザート作りと接客をあずかる。

 「同じ食材で仕立てても、年代によって異なる食後感や意見が聞けて助かる」と紀子さん。

 野菜の補充に、週に一度鮎美さんと南城市の農家へ車を走らせる。おかげで、島野菜の種類や収穫の時期も分かったという鮎美さんを評して、「嫁というより、血を分けた娘のよう。くったくがなくて、人懐っこくて、お客さんにも評判がいい。うちの看板娘です」とお墨付きだ。

 鮎美さんは、お客さんの苦手なものを覚えている。「次の来店につながるように、苦手なものは出ていないか、気に掛けています」。それを厨房に伝えると、再来店の際の膳を紀子さんがアレンジするという。

 「接客の良さで料理もおいしく召し上がっていただけると思うから、気持ちを伝えたい」と、紀子さん。

 食材とその日の天気を見計らって、開店ぎりぎりまでインスピレーションを働かせて膳を調える。「根っからの料理好き、母の年齢まで厨房に立ちたい」と語る。 

(伊芸久子)



プロフィール

てるや・しげこ
1934年生まれ。照屋祐一さんに嫁ぎ、2男2女をもうける。若いころは、ホテル従業員・病院の厨房などで働いた。現在子ども4人、孫12人、ひ孫6人に恵まれ、紀子さんの店の手伝いを生きがいとする

ほかま・ひろみ
1959年那覇市首里生まれ。外間家の長女。2男1女に恵まれる。調理関係の仕事に就き、調理師免許を取得。りゅう菜の料理を担当。母の年齢まで元気で店に立つことが目標

ほかま・のりこ
1964年那覇市首里生まれ。息子が3人、孫は4人。島野菜を伝統的な料理に用いるだけなく、経験やひらめきでアレンジして新たな味わいの料理でもてなす

いけはら・あゆみ
1990年生まれ。紀子さんの次男との交際を機に、りゅう菜のホールスタッフとなる。アルバイトで飲食業の経験もあり、りゅう菜の看板娘として店を明るい雰囲気にしている



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りゅう菜
外間紀子さん(右)の家庭料理の店は、母の照屋シゲ子さん(中央)が食べさせてくれた昔ながらの島野菜にちなんで名づけた。姉の外間ひろみさん(左)も母の年齢まで元気で頑張りたいと語る。 =浦添市の「りゅう菜」
写真・村山 望
りゅう菜
紀子さんは二男嫁の鮎美さんの接客ぶりを高く評価する。鮎美さんは「料理作りに私の意見も取り入れる紀子さんの感性がすごい」と姑を語る
りゅう菜
父・照屋祐一さんが健在のころの照屋さん一家。写真左端は長男・剛さん
りゅう菜
りゅう菜が開店した日2009年5月25日。開店当時のスタッフ、長男・嫁の英子さん(写真中央)は現在育児休暇中
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