沖縄の日刊新聞「琉球新報」の副読紙「週刊レキオ」沖縄のローカル情報満載。



[No.1753]

  • (火)

<< 前の記事  次の記事 >>

「島ネタCHOSA班」2018年11月29日[No.1753]号



 壺屋の名工、故・島常賀(しま じょうが)さんの生家には、大きなシーサーと龍頭があるそうです。とても素晴らしい作品だと聞いたので、ぜひ行って調べてみてください。

(那覇市 那覇に嫁いだルーシーさん)

壺屋の名工の大シーサー!?

 島常賀さん(1903〜1994年)と言えばダイナミックなシーサーや、タックヮーサー(粘土を壺やお皿に盛りつけて加飾する技法)で有名な陶工ですね。パレットくもじや波上宮、万国津梁館など、県内の著名な施設にも常賀さんが制作したシーサーが設置されています。ご依頼のあった作品もきっとすてきなもののはず。早速調べてみましょう!

こだわりの庭

 今回の調査では、ご家族から許可をいただき、特別に常賀さんの自宅兼工房を見せてもらいました。案内をしてくれたのは、島さんの義理の娘にあたる島孝子さん。那覇市壺屋にある常賀さんのお宅には、現在住んでいる方はおらず、近隣に住むご家族が管理しているそうです。建物は昔ながらの瓦屋根。入り口をくぐるとすぐに大きなシーサーと龍頭が出迎えてくれました。これらが調査依頼のあったもののようです。

 孝子さんによれば、これらは常賀さんが50代のときに作ったものとのこと。1950〜60年代の作品ということになりそうです。まずシーサーですが、高さは約120㌢で陶器ではなく、セメント製です。ところどころ風化し、表面の塗料も落ちている様子ですが、力強い造形が見て取れます。一方の龍頭は口の一部が欠けている状態ですが、大きさや表情にはたくましさがあります。高さは約110㌢。胴の部分には「日本国沖縄」の文字が常賀さんの名前とともに刻まれていますが、これは他の作品にはあまり見られない特徴のようです。「お父さん(常賀さん)は中国などからの注文も受けていたので、外国でも生産地を示すために彫ったのかもしれません」と孝子さんは語りますが、その詳細は不明とのこと。

 また、庭には、常賀さんが焼いた龍樋(りゅうひ、龍の口から池に水を放出するようにデザインされた造形物)や五重の塔も飾られていました。常賀さんが元気なころは、龍樋が庭の池に水を注ぐ姿を見ることができたそう。庭づくりにもこだわりを持っていたという常賀さんの一面を知ることができました。

名工の仕事を実感

 名工の作品とかっこいい庭が放つオーラに感動した調査員ですが、素人が作品について説明するには限界があります。ということで、常賀さん宅を後にした調査員は、壺屋焼物博物館へ。主任学芸員の伊集守道さんと比嘉立広さんに、常賀さん宅にあった作品の解説をしていただきました。

 比嘉さんの解説によると、セメント製のシーサーは、常賀さん自身がセメントを造形したのではなく、焼物のシーサーを専門の業者が型取りし拡大したものとのこと。セメントでの造形は、大きな作品を作る際に行われる手法だそうですが、拡大しても、体躯の力強さや、表情は常賀さんらしさをしっかり保っています。

 また、龍頭はシーサーと並び、常賀さんが多く制作したモチーフの一つ。現在、壺屋焼物博物館の1階にも常賀さん作の龍柱が展示されていますが、これと今回調査した龍柱は形が近いそうです。常賀さん宅は見学が不可能なので、博物館の展示で、その雰囲気を知ることができますね。

 「常賀さんの作品は、他の作家さんの作品と見間違うことがありませんよ」と伊集さんは言います。インパクトのある表情や、たくましく造形されたシーサーや龍頭は唯一無二の作風で、それを受け継いでいるお弟子さんなどもいないようです。壺屋の名工の作品は、時が経っても個性的で力強い存在感を放っているのだ、と実感した調査員なのでした。



このエントリーをはてなブックマークに追加


壺屋の名工の大シーサー!?
島常賀さん(撮影:當眞嗣夫氏 提供:那覇市立壺屋焼物博物館)
壺屋の名工の大シーサー!?
島常賀さんのおうちを守っているセメント製のシーサー
壺屋の名工の大シーサー!?
シーサーの隣に並ぶ龍頭。一部壊れていますが迫力があります
壺屋の名工の大シーサー!?
以前はその口から水を出していたという龍樋。案内してくれた孝子さんは、「管理ができていなくて…」と話していましたが、誰も住んでいない家の庭で、自然と一体化していく作品もわびさびがあってすてきでした
>> [No.1753]号インデックスページへ戻る

↑このページの先頭へ戻る

<< 前の記事  次の記事 >>