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[No.1654]

  • (金)

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「島ネタCHOSA班」2017年01月05日[No.1654]号

伝説の名牛「ゆかり号」に主題歌

1960年代の沖縄闘牛界の名牛「初代ゆかり号」。連勝記録を持つスター牛には、なんと主題歌まであったそうです。民謡歌手の「玉城安定さん」が歌っていたというレコードが欲しいのですが、探してもらえませんか?

(沖縄市 Y・Iさん)

伝説の名牛「ゆかり号」に主題歌!?

 依頼人からの電話の後、調査員は早速「初代ゆかり号」をリサーチ! 1961(昭和36)年にデビュー。「前”牛“未踏の41連勝を記録し、6年間不敗を守り続けた」などの事実が、過去の新聞記事によって分かります。社会現象を巻き起こした偉大な牛で、闘牛ブームの火付け役だったのはもちろん「60年代の沖縄女子は”ゆかり“という名前が多い」、「功績をたたえ牧場や石碑が作られた」など、エピソードが続々と出てきて驚きました。
 2代目・3代目を名乗る牛もいたのですが、初代の記録を更新する牛は現れないだろう、と言われるほど最強。そんな初代ゆかり号の主題歌とは、一体どんな歌だったのでしょう!?

民謡歌手・玉城安定

 初代ゆかり号の主題歌を作詞・作曲して歌った玉城安定(たまきあんてい)さんは、名護市出身の民謡歌手。小学生の頃から三線を弾き、20代から活躍していたようです。残念ながら2001年に他界されましたので、情報を求め安定さんの娘・玉城一美(かずみ)さんに会いに行きました。

 一美さんは「島唄スナック 花ぬ島」を経営し、歌手としてステージにも立っています。そうです! 人気歌手だった安定さんの血を受け継いでいるのです。琉装の沖縄美人・一美さんは、チャーミングな笑顔で調査員を歓迎してくれました。そして、初代ゆかり号の主題歌について語ります。ここ数年の間に、歌ってほしいと何度かリクエストされたそうですよ!

 「闘牛ファンの方に歌って、とお願いされました。約50年前の歌を覚えていて聞きたい気持ちに驚きましたが、それだけ価値がある歌ということですよね」

 詳しく知らなかった一美さんですが、歴史に残る記録を打ち立てた名牛だと教えられ、その主題歌を作って歌った安定さんの存在感を、改めてかみしめたそうです。

 「当時父は40代で、プロ歌手として精力的に活動していました。初代ゆかり号の歌のことが新聞に掲載され、子どものころ読んだとはっきり覚えています。でもサビ部分のメロディーを少し歌える程度。もっとしっかり覚えておけばよかったですね。伝説の名牛の歌を残した父を、誇りに思いますよ」

 主題歌を再現できないと、残念がる一美さん。

 実は調査員が連絡を入れた後、自宅で安定さんのレコードなどを確認してくれたそうですが、主題歌に関する音源はなし。ですが貴重な写真を見せてくれました。初代ゆかり号と一緒にカメラに収まった安定さんと、民謡グループの皆さんとの記念写真です。力強くどっしりとした初代ゆかり号を囲んで、ほほ笑む安定さんの優しそうな顔が印象に残りました。

父の思いを歌い継ぐ

 一美さんに安定さんのことを聞くと、優しくて人との交流を大切にする方だったそうです。

 「音楽が大好きで歌っている時は幸せそうでした。”100万ドルの笑顔“と紹介されたほどでしたね。民謡が流れる家で育った私は、歌手になるしかなかった。自然に歩んだ道です」

 美しい声で歌う一美さんは、「平和の願い」ほか安定さんのヒット曲も歌い継いでいます。一緒に歌うのは沖縄民謡界の重鎮・神谷幸一さんで、古くから伝わる沖縄ならではの歌を2人は大切にしています。

 「坂本龍一さんのレコーディングとワールドツアーに参加しましたが、父のひと押しがあったから。父を見習い歌を通して人とつながってきました。今の私があるのは父のおかげです」

 一美さんの思い出や、記念写真から安定さんの人物像が浮かんできました。

 「初代ゆかり号の主題歌レコード」を持っている方がいたら、レキオ編集室まで連絡をいただけませんか。依頼人、そして一美さんに聞かせたいと思った調査員でした。



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伝説の名牛「ゆかり号」に主題歌
雑誌の表紙を飾る沖縄闘牛界最強の牛「初代ゆかり号」(オキナワグラフ1968年6月号)
伝説の名牛「ゆかり号」に主題歌
玉城安定さんの娘・一美さん。初代ゆかり号と安定さんの記念写真を持ってパチリ
伝説の名牛「ゆかり号」に主題歌
一美さんと神谷幸一さんの歌が楽しめる「島唄スナック 花ぬ島」
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