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[No.1697]

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「表紙」2017年11月02日[No.1697]号

ザ夫婦

ザ・夫婦(み〜とぅ) 31


わかば種苗店 代表取締役  照屋 幸勇さん
専務 照屋 清子さん

共に苦難を乗り越えた二人

 ゴーヤーやパパイア、ヘチマなど沖縄の島野菜を中心に、オリジナル品種、多肉植物までさまざまな商品を取り扱う「わかば種苗店」。県外でも料理イベントなどを開くなど、島野菜の普及にも努めている。社長の幸勇(59)さんと妻で専務の清子さん(57)は 公私にわたるパートナー。二人が交わすやりとりはユーモアに満ちていて、周りを明るくしてくれる。その裏には波瀾万丈の時期もあった。ユニークな出会いのエピソードから現在の活動までを聞いた。



性格は正反対でも思いは一つ

 島野菜から珍しい多肉植物まで、千種類を超える種苗を取り扱うわかば種苗店。幸勇さんの父親が約70年前に農連市場に開業し、幸勇さんが2代目を引き継いで店を守り続けている。

 幸勇さんと清子さんが出会ったのは今から36年前。共に同じイベントに参加していたのがきっかけだ。幸勇さんを見かけて「この人と結婚するかもしれない」と思った清子さん。数カ月後に偶然再会すると、電話番号を書いたメモを渡しアプローチを決行した。

 「僕は考える人」「私は前進あるのみという人」。性格も正反対の二人だが、出会った時から会話のキャッチボールがうまくできていた。その後1982年に結婚し、店も法人化。しかし、待ち受けていたのは波瀾万丈の日々だった。

 幸勇さんが27歳の時、知人の借金の連帯保証人になり1億2千万の借金を負わされた。その他にも夫妻の周りに数々の問題が重なった。「さまざまなことが怒涛のごとく押し寄せてきた。この世にあることは全部経験してきた感じ」と清子さんは当時を振り返る。

 そんな時でも、清子さんは「仕方がない。すべてのことには必ず意味がある」と前向きで冷静だった。「普通だったら、けんかになったり、逃げ出したりしているはず」と幸勇さん。ポジティブな清子さんの存在は支えとなった。

植物通して絆育てる

 社員の給料を確保するため、10年ほどの間、夫婦は無給で働いた。農協やホームセンター、量販店ができ始めると幸勇さんは営業に走り回り、自らを仕事に追い込み続けた。

 「わが家はどん底だったけど、そこからはい上がった。それは本当にすごいと思う」と幸勇さんの努力を間近で見てきた清子さんは話す。

 幸勇さんは子どもたちの深夜徘徊防止を呼びかける「Go家(ゴーヤー)」運動を発案したことでも知られる。「教師や親と一緒に育てることで、コミュニケーションが生まれるのではないか」

 青少年の健全育成のために商品の活用を思い立ったのは、思春期の子育てに悩んだ経験や、幸勇さん自身が幼少期に酒を飲んだ父親に追い出され、家の軒下に寝た経験があったからだ。毎年5月8日の「ゴーヤーの日」に2005年から累計約8万本のゴーヤーの苗を那覇市と浦添市の小中学校に寄贈している。

 そんな縁から同店には不登校や非行などの問題を抱えた青少年の受け入れ依頼が来たこともある。息子たちも快く受け入れ、責任を持って面倒を見ているという。仕事の手伝いを通して成長した子どもたちとの交流は今でも続いている。

世の中の役に立ちたい

 家族のことを「みんな世話好きで、他人の面倒ばかり見ている。でも困っている人がいれば助けるのは当たり前」と清子さんは話す。現在は、3人の息子も同じ道へ進み、それぞれの個性を生かしながら店に新しい息吹を吹き込んでいる。

 家族それぞれが忙しい中でも清子さんの「ご飯食べに行こうよ」の一声で全員が集まる。語り合いながら食事を楽しむ時間が清子さんにとって「一番幸せ」な時間だ。

 さまざまな困難を乗り越えてきた二人の関係を「同志」と呼ぶ清子さん。「今後も商品を社会に還元していきたい」という幸勇さんに、「私利私欲に走らず、世間の役に立てれば」と清子さんも続ける。苦難の時期でも働き続けた従業員たちへの感謝の気持ちを胸に、希望の種をまき続ける。

(坂本永通子)



円満の秘訣は?

幸勇さん: お互いずっと見つめていたら、欠点だらけでけんかにしかならない(笑)。外に向かって良いことをしていこうというのが目標
清子さん: 包み隠さず何もかも言うこと。夫がどこに行こうと、何してようと「どうぞ」って言っている。それはある意味では信頼があるからといえる

プロフィール

てるや・こうゆう: 1958年生まれ、那覇市出身。沖縄高校(現、沖縄尚学高校)卒業後、父の創業したわかば種苗店に入社し、家業を引き継ぐ。82年に清子さんと結婚し、同時に会社を法人化。2005年に児童生徒の深夜徘徊防止を呼びかける「Go家(ゴーヤー)」運動を開始。毎年、ゴーヤーの苗を小中学校に寄贈している

てるや・すがこ: 1960年生まれ、那覇市出身。郵便局長だった祖父の転勤に伴い4歳で南大東島に移り住む。中学卒業後、沖縄本島に戻り、真和志高校に入学。高校卒業後は東京での就職を経て、帰沖。歯科受付を経て、幸勇さんと22歳で結婚、わかば種苗に入社。3男の母でもある

わかば種苗店
那覇市樋川 2−1−29 ☎ 098(832)5422



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照屋 幸勇さん 照屋 清子さん
店内に並ぶ照屋幸勇さんと清子さん。幸勇さんが話すと清子さんがすかさずツッコミを入れる姿からも、仲の良さがうかがえる。現在は、3人の息子も同じ道に進み、店を支えている=那覇市樋川のわかば種苗店
写真・村山 望
照屋 幸勇さん 照屋 清子さん
毎年のように家族で旅行に出掛けている。写真は2004年の香港旅行
照屋 幸勇さん 照屋 清子さん
約25年前の幸勇さんと清子さん。苦難の時期を乗り越えたころ
照屋 幸勇さん 照屋 清子さん
正月に家族で記念写真。左から次男の昭さん夫婦、幸勇さんと清子さん、長男の伸幸さん夫婦、三男の清司さん
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