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[No.1570]

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「表紙」2015年05月21日[No.1570]号

母娘燦燦

母娘燦燦 — おやこ さんさん — 8

照屋 智江美さん 久高 ひとみさん

自然な気持ちで家業継ぐ ビーグ栽培農家

 いたるところに青々とした水田が広がる、うるま市の照間集落。水田といっても、栽培されているのは稲ではなく、方言で「ビーグ」と呼ばれるイグサだ。緑の茎を刈り取って乾燥させると淡い黄土色へと変化し、畳表やゴザの原料となる。照屋智江美さん(59)は、県内最大の収穫地である照間集落の農家に嫁ぎ、30年以上にわたりビーグ栽培を続けている。「この仕事は一人ではできません。家族みんなの協力がないと成り立たないんです」。智江美さんが水田で育てたビーグを、娘の久高ひとみさん(35)が畳表へと織り上げる。



栽培支える おおらかな心

 150年〜200年前からビーグの栽培が行われてきたという、うるま市の照間集落。県内最大の産地として知られ、収穫量は県内生産量の約95㌫を占める。照間集落で育ったビーグは、本土産と比較して太く丈夫なのが特徴だ。織り上がった畳表を実際に見せてもらうと、色つやのよさも印象に残る。大切に使えば、15年から20年ぐらいは長持ちするという。

 智江美さんは、照間集落から車で10分ほどの距離にある上江洲で生まれ育った。実家は農家で、サトウキビは育てていたものの、ビーグとはまったく縁がなく「結婚してから初めてゴザを見たというくらい」と笑う。

 19歳の時、照間集落でビーグ農家を営む照屋家に嫁いだ智江美さんは、男の子2人・女の子2人に恵まれる。子育ても一段落した20代半ばごろ、「ごく自然に」ビーグの栽培と加工を手伝うようになった。



手伝いは「当たり前」

 「誰かに押しつけられてこの仕事を始めた訳ではありません」と智江美さんは振り返る。仕事というよりも手伝いという感覚で、「気がついたらいつの間にかやっていた」そうだ。

 「夫のお父さん・お母さんもとても優しかったし、ちょっと失敗しても『ごめん』で許してもらえました。気苦労はありませんでしたね」と頬をゆるめる。

 「子育ても、周りのみんなが面倒を見てくれたので、とても助かりました」。農作業は忙しかったが、仕事が終わったら一緒に海で遊ぶなど、子どもたちと触れあう機会も多かった。夫の守時さん(62)も「子どもたちのために日曜は休まないと」と言い、休日は積極的に子どもと過ごすようにしていたという。

 そんな環境の中で育った長女のひとみさんは、子どもの時は大のわんぱく。けがをして帰ってくることもしょっちゅうだったが、小学校4・5年生のころから当たり前のように田んぼ仕事を手伝うようになった。

 外に出て働いたこともあったひとみさんだが、25歳のころ「忙しいから手伝ってほしい」と頼まれたことがきっかけで、本格的に家業を手伝うようになった。以来、27歳で結婚し、3人の男の子の親として子育てに励む現在まで、ビーグを編み、畳表やゴザへと仕上げる作業に携わっている。「最初、少し手伝うくらいの気持ちだったんですが、結局それからずっと続けていますね(笑)」

 「親が働いている姿を子どもに見せられるのが、この仕事のいいところかな」と話すひとみさんは、幼稚園に通うまで子どもをそばに置いて作業する。今も、仕事に励むひとみさんの側では、3歳になる息子の陸生(あつき)君が元気に遊ぶ。



厳しい現状の中で

 現在、照屋家では、智江美さんと夫の守時さん、夫の兄である守和さん(66)、ひとみさんの4人を中心に、ビーグの栽培と加工を行っている。残念ながらビーグ栽培のみで生計を立てるのは厳しく、サトウキビと田芋とのかけもちで何とかやりくりしている状況だという。照間集落全体でもビーグ農家の数は減ってきており、イグサ生産組合に加入する農家の数は20軒ほどに減少したそうだ。 ビーグ栽培の厳しい現状は、畳に象徴される昔ながらの家族の姿が変化していることを思わせ、少しさみしい。だが、智江美さん・ひとみさんの親子の間には、昔から連綿と受け継がれているものがあるように思う。

 「ごく自然に」ビーグの栽培と加工に関わるようになった、とサラリと話す智江美さんとひとみさん。一見軽い言葉のようだが、その裏には「家族みんなが協力して仕事をするのは当然」という、たくましい農家の精神が、今も流れているように感じた。

日平勝也/写真・喜瀬守昭(サザンウェイブ)



プロフィール

てるや・ちえみ
 1956年生まれ。うるま市上江洲出身。19歳の時、ビーグ農家を営む照屋家に嫁ぐ。2男2女を出産し、子育てが一段落した20代の半ばごろから、徐々にビーグの栽培・加工に携わるようになる。現在は、夫の守時さん、夫の兄の守和さん、娘のひとみさんとともに4人で作業を分担。智江美さんは主に苗の栽培や植え付け、田んぼの手入れなどの作業に従事している

くだか・ひとみ
 1979年生まれ。幼少期より家業のビーグ栽培・加工を見て育つ。小学校4・5年生から農作業を手伝うようになり、25歳のころから本格的に家業に専念。現在は3人の男子の母として、育児のかたわらビーグの織り作業に励む。畳表を使用して、車やベビーカーの上に敷くシートや、寝ゴザなどの製作を行うことも。ことし7月に4人目の子どもを出産予定



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照屋 智江美さん久高ひとみさん
青々と茂るビーグの水田に立つ照屋智江美さん(写真右)と娘の久高ひとみさん。智江美さんが暮らすうるま市の照間集落は、県内最大のビーグ産地。ビーグは例年5月末から6月ごろ収穫の時期を迎える=うるま市具志川 

照屋 智江美さん久高ひとみさん
収穫後に乾燥させ束にしたビーグから、赤みを帯びていたり傷があったりする茎を取り除く智江美さんとひとみさん。地道だが、色むらのない畳表に仕上げるため欠かせない作業だ
照屋 智江美さん久高ひとみさん
ひとみさんの作業を見守る3歳の息子、陸生君。幼稚園に上がるまでは、子どもをそばに置き作業に励む
照屋 智江美さん久高ひとみさん
畳表を織る編み機。麻を縦糸、ビーグを横糸にして織り上げていく。編み機の調整はひとみさんの大切な仕事だ
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