沖縄の日刊新聞「琉球新報」の副読紙「週刊レキオ」沖縄のローカル情報満載。



[No.1396]

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「表紙」2012年01月01日[No.1396]号

昇って飛んでよい年に(2012年01月01日掲載)

 今年は辰年。みなさんにとって昇り竜のように飛躍の年になりますように。
 十二支の中で、唯一”伝説の動物“であるぼくたち龍。動物園にはいないけど、ある場所にたくさんの仲間と一緒に住んでるんだ。そこは竜宮城…ではなくて、そう、首里城です。
 琉球国王の守り神として、そして人々が水に困らないよう見守る存在だったんだ。大きさも形もさまざまな龍ファミリー。ぼくにそっくりで口を閉じた寡黙なきょうだいも向かいにいるよ。いったい何匹いるのかな?
 レキオ片手に首里城に出掛けてみよう! 愛嬌いっぱいの隠れキャラも要チェックだよ。

語り継ぐ龍伝説

語り継ぐ龍伝説

沖縄は龍とのかかわりが深く、生活の中で龍が生きています。地域で語り継がれる民話や関係者の熱意で復活したまつりなど、辰年と龍にまつわるお話を集めてみました。



語り継ぐ龍伝説
復活にかけた人たち ~那覇ハーリー~

久米(黄)、那覇(緑)、泊(黒)の舳には龍頭

 泊・那覇・久米の3隻が競う勇壮な爬竜船競漕・那覇ハーリー。600年ほど前に中国から伝来したと言われ、廃藩置県によって一度消滅しました。その復活を願い、結成された那覇爬龍船振興会専務理事で、第2回開催からかかわった玉城徹夫さんに話を聞きました。
 「吉浜照訓初代会長たち役員が東奔西走して、昭和50年、第1回那覇ハーリーが開催されました。当初は漕ぎ手のなり手すらいなくて、海人や青年会、琉球大学の学生をかき集めてね。泊・那覇・久米それぞれ御願バーリーでは爬龍歌(ハーリー歌)も口伝えで、中国語も含まれているので、いまだに音訳しかできない部分もあるんですよ」
 漕ぎ方からしきたりまで、会のメンバーを中心に教え伝えきたそうです。
 ドックに大切に納められた爬龍船は、その大きさと色彩の鮮やかさに圧倒されます。
 「長さ約18メートル、重さ約2トン。グラスファイバー硬化剤で2年かけて建造しました」「横に同じものが3隻ありますが?」「はい、もちろん予備も準備していますよ。4月初旬には海に浮かべて状態をチェックし、本番を迎えます」
 現在の那覇ハーリーのにぎやかさ・華やかさは、関係者の熱意と、参加する人・会場に集う人がみんな応援団になっているのですね。



語り継ぐ龍伝説
干支を知って廻ってみよう ~慈眼院(首里観音寺)~

美しく輝

 沖縄では、十二支の守り本尊が4カ所の寺院でまつられています。ことしの干支・辰年と来年の干支・巳年は、通称首里観音堂と呼ばれる慈眼院の普賢菩薩です。
 「普賢菩薩は、人々に知恵、慈悲の心、徳を授けます」
 神々しい菩薩像を前に話し始めた住職の善國乘憲さん。「普賢菩薩は目をうっすらと開けて世の中を見ているんですよ」「なぜうっすらと?」「かっと見開いてしまうと、雑念と言いますか、余計な物が見えて心が落ち着かないでしょう。穏やかに、皆さんを見守っているんですよ」。


語り継ぐ龍伝説
竜から解き放たれた村 ~宜野湾市野嵩の竜伝説~

親しみやすい絵

 宜野湾市野嵩に伝わるお話。野嵩の村の周囲には大きな竜の形をした山があって、その竜(山)に挟まれていたので、村の人たちは外に出られず、世界で成功する人や活躍する有名な人が出ないことが悩みだったそうです。そこで、「この竜のせいだから、3つに切ろう」と言い、胴体を切り離して道を作ったのです。
 現在、野嵩2区公民館の近くにあるムイ(小高い丘)が、その体の一部だと言われています。野嵩の街並みはずいぶん変わり、人々が往来に悩んだことがうそのようですね。
(宜野湾市史第5巻資料編四民俗、ぎのわん文化財第七版より)


語り継ぐ龍伝説
金色に輝く海の宝石 ~クロウミウマ~

ユーモラスな姿

 沖縄美ら海水族館では、黄金色でなんとも縁起の良さそうなタツノオトシゴの仲間・クロウミウマを見ることができます。
 クロウミウマは、沖縄本島の岸近くの藻場などに生息しています。尾を海藻などに絡ませて垂直に立ち、甲殻類や小魚を吸い込んで食べます。全長は15センチ以上になり、5月ごろからメスがオスの育児嚢に産卵して、稚魚はオスから出てくるそうです。夫婦力を合わせて子育てに励むクロウミウマ。夫婦円満にもご利益がありそうですね。
(海洋博公園・沖縄美ら海水族館提供)


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