沖縄の日刊新聞「琉球新報」の副読紙「週刊レキオ」沖縄のローカル情報満載。



[No.1771]

  • (金)

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「ワシントコポスト」2019年04月04日[No.1771]号

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若い風

 朝は長袖に重ね着をして出掛けました。帰りは一枚脱いでも汗ばむくらい。早く家に着きたいと思い、なだらかな坂を下っていたら前方から声がします。
 学生服の二人連れで、楽しそうに話をしながら近づいてきました。見ると、一人は胸ポケットにコサージュ、その隣はお菓子の輪を首に掛けています。華やかでいい雰囲気なのです。私はつられて口元がほころび、すれ違うとき、「おめでとう」と言いました。一瞬びっくりしたようでしたが、すぐに笑顔になり「ありがとう」と返してくれました。
 数歩進んで振り返ったら、二人は立ち止まり笑って見下ろしていたので、とっさに「進学なの? 就職なの?」と聞きました。
 「進学です」。弾んだ二重唱が届きます。「おめでとう。バラ色だね」
 私にもあったなぁ、あのころが。忘れていたことが思いがけず記憶の彼方からよみがえってきて足取り軽くあっという間に家に着きました。

(西原町 心うきうき)

(編コメ)二人は「おめでとう」と言われたのがうれしくて坂の上から、心うきうきさんを見ていたのかもしれませんね。さわやかな風を感じました。

卒業式について①

 笑顔で卒業式さんの投稿を読んで、私も同じことを感じました! 私は、神奈川の出身でお菓子のレイや、風船などはありませんでした。部活動の後輩からの花束はありましたが、それくらいです。
 沖縄では、もらう子ともらわない子の差が激しすぎて、私は悲しい気持ちになりました。部活動をやっていない子は、他でスクールに通っていたり塾で頑張っていたり、何が劣っているわけではありません。最後の最後に変な盛り上がり方は異常です。みんなが気持ちよい卒業式をしたいものです。

(那覇市 まる)

卒業式について②

 昔の苦い記憶が思い出されて思わず書いています。何十年も前の話ですが私も中学、高校と帰宅部。地味だったため、卒業式には後輩から花束などをもらうこともなくとても寂しかったのを覚えています。
 やはり、昔から部活をしている人、カリスマ性がある人は後輩からたくさんの花束をもらっています。昔も花束だけでもすごかったのに、ここ最近は派手なバルーンやお菓子でできた冠など、年々華美な演出で卒業生を送り出しています。
 学校側も卒業式前に花束などを学校敷地内で渡さないよう、お知らせの用紙を配布していますが効き目はないようです。
 小学校からもう始まっている人気者だけのある意味特権的な行事。いろんな考え方もあると思いますが花束をもらえず、寂しい子たちがいるのも事実です。華美な送り出しは、はたから見ていて、いい気はしません。

(那覇市 ぷぅ)

(編コメ)3月21日付「卒業式について」を読んでのお便りです。バルーンやお菓子のレイなどのプレゼントは沖縄独特なのでしょうか? 学校が自粛を呼びかけていても、変わらないとしたら困りますね。

お返しに琉球菓子

 年々、バレンタインにもらうチョコレートが少なくなる、私の魅力のなさか、それとも時代の流れなのか…。
それはさておき、今年ももらえた数少ないチョコレートを食べながら「う〜ん、お返しをどうしようか?」と思ったのです。
 特に良い考えもなく、日々を過ごしていたのですが、一週間後、レキオを読んでこれだと思った特集が。それは「歴史感じるおやつ時間 おいしい『琉球菓子』」で紹介されていた鶴、亀、鯛の落雁(らくがん)です。
 若い子には、鯛、お姉さま方には、鶴、亀を選び差し上げたのです。反応良かったですね〜。ヒット、いやホームランかな…。
 来年は、「クンペン」、「ナントゥ」、「まんじゅう」、「アンダギー」のどれにしようかな…。

(那覇市 まるまる)

(編コメ)レキオの特集がお役に立ててうれしいです。ホワイトデーに落雁(らくがん)だなんて意外性があっていいですね!

頑張ります

 年には勝てず、いろいろなところが痛くて思うように字を書けず、投稿することができませんでした。
 一緒に住んでいる親孝行息子が、いつもですと「半ボケが大ボケになり、よく見ないから転ぶんだ」と言いますが、また転ぶと大変だと下の方が4つに分かれている杖を持ってきてくれました。
 病院への行き帰りはタクシーを使っています。今年は頑張りたいと思います。

(那覇市 なさけない私)

(編コメ)お久しぶりの投稿、ありがとうございます。無理せず、少しずつ体調を整えていってくださいね。

35周年に寄せて

 花ならば寄せ植え、キルトならクレージーキルトが好きです。一種類あるいは決まったパターンをつなぎ合わせるよりも、色とりどり大小さまざまなものに私は魅せられます。身の回りにあるものや身に付けるものも紬(つむぎ)や裂き織りのようなものが好きです。
 季節ごとに野の花の咲く野原のような庭は私の天国です。古い家の庭で長年、土の入れ替えのないわが家の庭は季節が変わるごとに庭のそこここに雑草と呼ばれる草花が咲き出して、途中から住み始めた私を驚かせます。今の時期なら、ムラサキカタバミ、シロツメクサ、オオバコ、ノビル、フーチバー、ヨメナなどに混じってワスレナグサの原型といわれるキュウリグサが庭のあちこちで朝風に揺れています。何度芝を植え替えても、いつのまにか在来の草花たちがそれぞれ顔を出します。放っておくとどんどん大きくなるものは早めに抜き取るけれど、そうでないものはそのままにして楽しむ。
 このように沖縄の自然に心を寄せるのは、年を重ねるごとに強くなっています。70有余年生きていつも沖縄の来し方行く末を考えているからか。それは人生の真昼間を県外で暮らした経験があるからかもしれません。訪ねて来る孫たちや友にこの庭を案内することは私の喜びです。数えきれないほどのこの庭での出会い、まさに命のつながりです。
 子育てのほとんどの時期を県外で暮らし、多くの人に助けられ、さまざまなところから来た、いろいろの立場の人に出会ってきました。その時期はまさに私の人生学校です。忘れられない場所や人々の記憶。立場の違いを超えて共に生き延びる知恵が沖縄にはあります。
 結婚するまで育った沖縄と現在の沖縄には隔世の感があります。焼け野原だったところにビルが立ち並び、ゆいレールが走り新しい県立図書館もできました。多様性を受け入れる懐の深さ。しかし古い大切なものを見きわめる賢さを持ち続けたい。それもこれも平和があり、自分で考え、意見が言える自由があればこそです。
 沖縄を知るために新聞を丁寧に読み情報を得、楽しみもする。週刊レキオも切り抜き、項目ごとに分けて自家製本することは長年自分に課してきたことです。そのレキオが35周年を迎える。健康が続く限り読み続けたい。ますます楽しみです。35周年おめでとうございます。

(C・K)

(編コメ)レキオは今年35周年を迎えました。ありがとうございます! すてきな庭で過ごされる様子を想像し、うらやましく思いました。

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